「宗教を頑なに否定し科学を盲信してる奴を見ると笑える それって最早『科学教』だろ」←論破出来る?

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客観的だと思われてきた科学も、実は宗教と同じように極めて主観的なものだということを前章で述べた。むろん、当の科学者たちはそんなことを認めたくないだろう。
特に、まだ科学哲学という研究分野が成果をおさめる以前には、科学万能主義が花盛りだった。
科学は進歩し続ける、進歩すればいずれは何でもできる・・・、とまで考えた。そしてついには、「科学にあらざれば学問にあらず」とまで言われるようになり、20世紀前半には「すべての学問を科学の下に統一しよう」という運動へと発展した。

この運動の先頭に立ったのが、ウィーン学団という科学者集団だった。ウィーン大学教授のシュリックを中心に結成されたこのウィーン学団は、すべての学問を科学の理論によって記述することを目標にした。彼らは、まず社会学を心理学の中に取り込み、次に心理学を生物学の中に、生物学は化学に、化学は物理学に取込むことによって、すべての学問を科学と統一する、「統一科学」の実現を目指したのだ。

ところが、ヘンペルという哲学者が、こういった科学観を破壊し始めた。
科学が客観的だと信じられていた大きな理由の1つに、「確証」というものがある。確証とは、仮説を確かなものだと証明する作業や、その証拠のことだ。
ヘンペルがいうには、その確証自体が実にあやふやなものだというのである。

詳細な説明は、哲学特有の難解な論説になるので割愛するが、前章までの説明でなんとなく理解できると思う。地球温暖化論者やミリカンなどのように、自分の仮説に都合のいいデータだけを確証にしてしまうことは、主観的な人間という生き物の特性上、仕方のないことでもある。
確証の信頼性を指摘され、ゆらぎ始めた科学界に、救世主のように登場したのが、ポパーという科学哲学者だ。一般的に、科学哲学者は科学者たちに嫌われている。
科学そのものを「ああだこうだ」と考え、「しょせん科学も人間の営みにすぎない、客観的にはなり得ない」と言い切るのが科学哲学だから、嫌われて当然だ。
ところがポパーは、「客観的で進歩し続ける科学」というイメージを守ることに成功した。だから科学者たちに人気があるのだ。
ヘンペルがいうように、確証の信頼性はない。科学も主観的な人間の営みであるから、認めざるを得ない。確証の信頼性が得られない以上、「科学の仮説や理論の正しさは、決して証明できない」と考えるべきなのだ。

そこでポパーが着目したのが、「反証」の方だ。反証とは、確証と正反対のもの。仮説や理論を決定的に否定する作業や証拠だ。つまりポパーは、「仮説が正しいこと」は証明できなくても、「仮説が正しくないこと」は証明できると考えたわけである。

そして、あらゆる角度からの反証をかいくぐって生き延びた仮説のみが、「科学的」という資格を得るとした。もちろん、そうやって得た資格も、永遠のものではない。
いつ反証されるか分からない。この状態を、「反証可能性」という。いつでも反証される可能性があるということだ。
http://movingcreation.com/warningan_alarm_science/chapter_2/counterevidence_poppe/

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