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特攻隊 忘れないで
2015年06月14日
徳島市に昨年10月オープンした県戦没者記念館に、戦死者約7700人分の遺影が並ぶスペースがある。今月6日、美波町西由岐の徳本一子さん(83)は初めて訪ね、特攻隊で海に散った兄の三枝英明さん(当時18歳)の肖像画と対面した。「お兄ちゃん、再会できたね」――。もうすぐ太平洋戦争の終戦70年。徳本さんに思いを語ってもらった。(山上高弘戦時中、徳本さんは阿南市の実家に両親と4人きょうだいの家族6人で住んでいた。末っ子の徳本さんに、次男の三枝さんは読み書きを教えるなど、とても面倒見が良かった。

三枝さんは1943年、16歳の時、志願して福岡県の大刀洗陸軍飛行学校に少年飛行兵として入隊した。しばらく家族との連絡はなかったが、45年春、突然家に現れた。
1週間ほどの滞在中、自転車で近隣の親戚宅などをあいさつして回り、帰った。父に帰省の訳を尋ねると「いらんことを聞くな」と怒られた。

45年4月28日、離れて暮らしていた祖父母が実家に飛び込んできた。「明け方、家の扉がそっと開いて、兄が敬礼していた」。
徳本さんは「まさか」と思ったが、まもなく兄の戦死を知らせる公報が届いた。この日、鹿児島県の陸軍知覧飛行場から沖縄県沖の米国艦船に向かって出撃したという。
しばらくして、兄は木の箱になって家に戻ってきた。

遺品として残るのは、出撃直前、熊本市の旅館で書かれたと見られる便箋数枚のみ。家族宛てに別れの言葉がつづられ、徳本さんには「人間として、日本人として、大和女性として、立派な道をたどってほしい」としたためられていた。

県戦没者記念館は、開館にあたり県出身の戦没者遺族から遺影を集めた。徳本さんは兄の写真が見当たらなかったため、肖像画を飾ってもらった。
「70年たち、遺族が減っていき、当時の記憶が失われていく。県内からも特攻で亡くなった若者がたくさんいることを忘れてほしくない」。徳本さんは肖像画を見つめ、そう語った。
http://www.yomiuri.co.jp/local/tokushima/news/20150613-OYTNT50137.html
なぜ日本人は特攻を美化してしまうのか?
靖国神社の隣の資料館きもすぎ

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